平成24年7月6日(金)、富山大学附属図書館(中央図書館)において、岩波書店の著名な編集者であり、雑誌『文学』、岩波新書、岩波現代文庫、その他各種の単行本等を手掛けてこられた林建朗(はやし・たつろう)氏をお招きし、講演会が行われました。本講演会は、附属図書館が本学人文学部の徳永洋介教授(中国史専攻)の支援を得て本年2月以来実施している研修会の第3弾として企画されたもので、本を扱う図書館とは本来強いつながりがありながら、図書館関係者にとっては未知の世界である編集の仕事の実際について、多面的に語っていただきました。当日は図書館関係者のみならず、大学教員、学生、書店関係者、地域の一般市民を含む50名弱の参加者があり、多様なメンバーが集う研修会となりました。
林氏は最初にこれまでのご自分と富山との関わりについて触れられ、編集者と図書館はともに「文化の配達者」であり、その役割・機能は本質的には一致するものであるとおっしゃいました。ついで岩波書店の歴史と現在の組織について説明された後、林氏が編集してこられた書物を手に取りながら、山口昌男、中村雄二郎、大江健三郎など、一時代を画した著者たちとの交流や本の成立をめぐる数々のエピソードを語ってくださいました。
また編集の仕事については、企画のアイデアを得ることから始まって、営業・宣伝に至るまでの、具体的で多岐にわたる話がありました。林氏は、ご自分の関心に即した新聞の切り抜きを長年にわたって続けておられるとの由ですが、ネットの活用も含めた情報収集作業と並行して、執筆者の講演会や出版記念パーティーへもたびたび足を運ばれ、自分の興味関心を広げながら本の企画につなげることも少なくないそうです。本のタイプによって企画の立て方や出版に至るまでの作業の内容が異なること、印税や版権などに関わる面倒な調整も行わなければならず、1冊の本を刊行するまでに長期間、手間のかかる準備作業が必要であるとの話がありました。
企画の内容はA4用紙1~2枚程度にまとめ、社内で週に1回開催される編集会議に提出されます。様々な分野の編集者の集まる会議で揉まれ、通った企画はさらに会社全体の会議で了承を得て決定となるのですが、その後に膨大な作業が待っています。著者から届いた「草稿」がそのまま利用できることはまずなく、編集者の意見を述べて書き直しをしてもらうこと、「草稿」が完成した後に詳細な読み込みを行い、文章上の疑問を問い合わせたり内容について提案したりするなど、著者とのやり取りの作業を続け、苦労の末に「完成原稿」ができあがります。
その後、本の体裁を整えるための組版指定の作業、装丁や用紙の選定などが行われます。本の内容に相応しい装丁とするために、しかるべきデザイナーに作業を依頼します。岩波現代文庫で使用している用紙は、他社のものとは違う上質な紙であるという話もありました。本の内容と同じくらいに装丁や紙にもこだわりを持ち、力を注いでおられることがわかりました。原稿は印刷所で入力され、「校正刷(ゲラ)」が出来上がりますが、その後の校正作業においても、本の正確さを保証するために、参考文献での調査など、印刷所とのやり取りが何度も繰り返されます。組版指定の段階でも校正の段階でも膨大な指示が行われ、「校正刷(ゲラ)」が赤くなります。
製版、印刷、製本、仕上げが行われ、いよいよ刊行となります。完成した本は著者のもとへお届けし、発売に当たっては新刊案内の発行、新聞やホームページでの紹介などの販促活動が行われます。朝日、毎日、読売の三大新聞で取り上げてもらえると反響が違うこと、テレビやラジオで紹介されると編集者として喜ばしく感じる、などの話がありました。
編集者にはどんな人材が向いているか、という話がありました。出版社の仕事は決して派手ではなく地味で根気のいる仕事である、との話につづき、様々な出版社があるのでその出版社の個性に合っているかどうかが重要であること、好奇心旺盛であると同時に多面的に物事をとらえるバランス感覚があること、自分の好きな分野を持つとともに英語以外の語学への関心を持ってほしい、当然コミュニケーション能力は必要などの話があり、出版界に関心を持つ学生にとっても非常に有意義な内容でした。
最後に、岩波書店創業30周年記念を祝して1942年に発表され、その後お蔵入りになったという岩波書店の社歌の貴重な録音が流され、時代性濃厚でありながら、岩波書店の文化への深い思いが伝わってくる歌を聞いて、講演が終了しました。
休憩を挟んでの質疑応答の時間においては、参加した学生から、編集者のやりがいや、編集者になるために大学時代にやっておくべきことなどの質問もあり、活発なやり取りの後、時間を超過して研修会は終了しました。
林氏の講演は、圧倒されるような該博な知識と深い経験に裏付けられつつ、終始柔らかで謙虚な語り口で展開されました。文化の伝達者としての使命感を持った一流の編集者の姿を見ることができ、深い感銘を与えられるとともに、編集の実際の作業に関わる知識も得ることもできる有意義な研修会となりました。